東京高等裁判所 昭和42年(ネ)79号 判決
〔当事者〕
川崎市小川町二番地一一号
控訴人
猪熊和吉
代理人
須藤敬二
東京都港区西麻布一丁目一五番七号
被控訴人
株式会社アマンド洋菓子店
代理人
大崎巌男
増田浩千
同復代理人
杉山忠良
〔主文〕原判決をつぎのとおり変更する。
債権者と債務者間の横浜地方裁判所川崎支部昭和四一年(ヨ)第五九号仮処分命令申請事件につき、同裁判所が昭和四一年六月二二日にした仮処分決定は、その主文第二項を、
「債務者は本決定正本送達の日から七日以内に別紙目録(1)・(3)・(4)の看板等に表示せられた『アマンド』の文字を抹消し、(2)の『アマンド』の箱型文字を撤去しなければならない。
債務者が右期間内に前項の文字の抹消・撤去をしないときは、債権者の委任した横浜地方裁判所川崎支部執行吏はこれを抹消・撤去することができる。
前項により撤去したものは右執行吏において保管しなければならない。」
と改めるほか、これを認可する。
訴訟費用は第一・二審とも控訴人の負担とする。
〔事実〕控訴代理人は、「原判決を取り消す。横浜地方裁判所川崎支部昭和四一年(ヨ)第五九号仮処分命令申請事件きつき、同裁判所が同年六月二二日にした仮処分決定を取り消す。被控訴人の右仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実の主張は、
控訴代理人において、
一、商法第二〇条に規定する「不正の競争の目的」、同法第二一条に規定する「不正の目的」とは、いずれも、世人をして自己の営業を他人の営業と混同誤認させて利益を図ろうとする意図をいうのであるから、商法の右条項を適用しうるためには、(イ)その他人の商号が周知著名であること、(ロ)その他人の商号、または、その要部が商号専用権をもつて保護すべき対象に該当すること、(ハ)その商号の使用の態様が、業務の性質、環境等より見て、出所の誤認混同をきたすおそれがあること、以上の諸事情が存在する場合でなければならない。
ところで、商号が周知著名というためには、ある程度の地域内において特定店舗の名称が特定店舗のみを指すものとして需要者に広く認識されている状態がなければならないが、「アマンド」という名称の洋菓子、喫茶店舗は全国に散在し、神奈川県だけでも二軒あるし、生菓子の販売・喫茶という営業は、その性質上周知性の及びうる地域的範囲が限定され、とうてい他府県にまで及びうるものではない。したがつて、被控訴人が多少宣伝につとめ、業界紙や週刊誌に広告・紹介がなされた事実があつたとしても、その商号が前記のごとき意味で周知となつたものとはいえず、控訴人が被控訴会社の存在を知らなかつたことも当然である。
また、「アマンド」という名称は、洋菓子の原材料の一種に付せられた普通名称であり、商号中に普通名称を用いても、この部分については商号の専用権は生ぜず、他人がこれをその商号中に用いてもその使用を差し止めることはできない。また「アマンド」は、前記のように洋菓子、喫茶営業の商号として国内で広く慣用されている名称である。したがつて、被控訴人の商号の中に「アマンド」という表示が含まれていても、この表示は被控訴人の営業である洋菓子、喫茶営業という業種を表示するにすぎないともいえるから、商号専用権はこの部分には存在せず、したがつて他人が「アマンド」なる商号を使用するのを禁止する権利も、この部分からは生じないのである。
また、控訴人が「アマンド」の商号を看板・店舗に使用する態様は、一般取引上普通に行なわれる程度のものであり、特に被控訴人の使用態様をまねたものではない。また、控訴人の使用する紙ナプキン・商品添付証は被控訴人のそれとは全く異なるもので、包装紙については開業当初約一か月間、控訴人の印刷注文のさい印刷屋にまかせきりにした関係上、過誤により被控訴人使用のものと類似するものが作られ、これを使用したが、被控訴人の申入れによりただちに使用を中止した。その他、商品・営業の性質、および控訴人店舗と被控訴人店舗との場所的な隔り・アマンドなる名称の一般性等の事情を考慮すれば、本件において出所の誤認混同を生ずるおそれは、極めて少ない。
控訴人が「アマンド」という名称を商号中に用いるようになつたのは、取引先のYが同人の店舗で商品アマンドを取り扱うようになつた記念という意味で「アマンド」の名称を採用するようにすすめたのと、控訴人自身も「アマンド」が甘いということを連想させる言葉であり、営業の性質からみて適当と考えたことによるものであり、しかも控訴人は細心にも同様の名称を用いている店が近くにないことを登記所で調査して確かめ、商号登記を経たうえで右の名称を使用したものである。
これらの事実関係から考えて、控訴人には商法第二〇条・第二一条に規定する不正競争の目的または不正の目的がなかつたことが明らかである。
以上の理由により被控訴人には右商法の条項に基づく商号使用差止請求権がないものというべきである。
二、仮処分命令において、裁判所が命ずべき処分の内容は、処分の必要性、両当事者間の利害の衡平を考慮して定めるべきものであるが、本件仮処分決定においては、被保全権利が商法の商号権にすぎないのに、これに基づいて決定主文第三項でナプキン、レッテル、包装紙の執行吏保管を命じたのは、処分の必要性の限度を越えるものであり、また処分の目的物の特定にも不備があり、違法である。
三、本件仮処分決定までの経過をみると、被控訴人は、自己が「アマンド洋菓子店」なる商標権者であることを奇貨として、商標権の効力を過大視し、控訴人が商号登記をすませ店舗の改造に着手したのを知りながら、その時はなんらの意思表示もせず、控訴人が新装開店した時期を見計らつて営業妨害的に商号使用の差止を請求し、控訴人が誠意をもつて解決すべく被控訴会社を訪問しても、代表者は会おうともせず、新聞記者を同席させて控訴人を恫喝し、控訴人の法の無智を利用して、控訴人の正当な商号の使用に対しても自己の商標権の効力が及ぶかのように「専門家に相談してみよ。」と放言し、看板の撤去等商号の使用中止を強要し、控訴人が弁理士を介して被控訴人の要求の不当なことを申し入れたのに耳をかさず、重ねて看板の撤去等の催告をし、商標権に基づき仮処分申請をなし、その主張が困難とみるや、予備的に商号権に基づく差止を請求したものである。
そして、被控訴人が控訴人に不正競争の意思があるという主張の最大の論拠としている包装紙は、すでに控訴人において使用を中止しており、実質的に誤認混同のおそれは極めて薄く仮処分の必要性も減少したのに、被控訴人は、裁判所に対して牽強付会の主張立証を重ねて裁判所を欺罔しようとしている。
右のような被控訴人の態度は、いたずらに他人に損害を加え自己の利益のみを計ろうとするものであつて、その行為は、形式的には適法であるとしても、社会性に反し、正当な権利の行使として是認しえないところであり、権利の乱用である。
四、かりに、本件仮処分が一応正当であるとしても、次のとおり本件仮処分にはいわゆる特別事情があるから、担保を条件としてその取消を求める。
控訴人の商号使用により被控訴人がこうむると主張する損害は、被控訴人の売上の減少による損害のみであつて、被控訴人の信用を害されるとの主張については疏明がなされていない。そうすると被控訴人の売上の減少額は、控訴人の売上に対する割合を計算することにより容易に算出され、これを金銭的に補償することが可能である。
これに対して、本件仮処分によつて控訴人のこうむる不利益について考えてみると、控訴人の売上は、商品の品質の優秀性が認められたため、仮処分執行後も減少せず、むしろ増加しているが、仮処分がなかつたならばさらに売上は増加した筈であり、この増加すべき売上との差額は、年間八億円余に及んでいるほか、控訴人は、看板を撤去され商号の使用を止められたことにより、顧客、同業者等に与える不便や不審の念は、甚大であり、すなわち、控訴人の信用失墜を招き、永年の間川崎市において多くの公職に従事してきた控訴人として、このようなことは堪え難い精神的苦痛である。
このように、本件仮処分によつて控訴人の受ける物心両面の損害は著大である、
以上のとおり述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。
(疏明)<略>
〔判決理由〕当裁判所の判断は、以下に附加訂正するほかは、原判決理由の記載と同一であるから、それをここに引用する。
一、原判決六枚目裏、三行目に、「当裁判所の成立を認める甲第十五号証」とあるのを、「成立に争いのない甲第一五号証の一ないし八」と訂正し、同所五行目「横須賀博、星名アイ子、秋山智富の各審尋調書」および同七枚目裏五行目と八枚目表五行目の各「第二十一条」を削る。
二、被控訴人は、本件仮処分申請の被保全権利として、最初「アマンド洋菓子店」等の商標権に基づく商標使用差止請求権の主張をし、ついで予備的に、(一次)商法第二〇条または第二一条に基づく商号使用差止請求権および(二次)不正競争防止法第一条に基づく差止請求権の主張をなし、仮処分決定後、異議訴訟の段階で商標権に基づく主張を撤回し、控訴人は右撤回に異議を述べたことは記録上明らかである。しかし、右主張の撤回が控訴人の異議によりその効力を生じないものと解すべき根拠はないから、本件においては、一次的に商法に基づく請求権を、二次的に不正競争防止法に基づく請求権を被保全権利として審理の対象とすれば足りるのである。
三、本判決事実摘示の控訴人の主張一、にいつて。
被控訴人の商号が東京都内およびその近県で周知著名となつていたことは既に認定したとおりであつて、控訴人の疏明によれば「アマンド」という商号の同種営業が札幌、福岡、小田原等の各市にも存在することが一応認められ、また洋菓子、喫茶という営業の性質上、商号の周知性の及ぶ地域的範囲に限度があるという点も首肯しうるのであるが、これらの事情があることを考慮しても、前記の認定を妨げるものでは決してない。
また、「アマンド」とは、果樹の名称「へんとう」のフランス語読みであり、英語読みでは「アーモンド」といい、その果実の核内の仁を食用とするものであつて、洋菓子の材料の一種であること、弁論の全趣旨により明らかである。したがつて、「アマンド」は物の普通名称であり、しかも被控訴人の営業上、商品の原材料の一種となる物の普通名称であることは否定できない。しかして、ある商号を構成する語が、同種の営業に慣用せられる名称である場合には、その商号権に基づいて、他人が右の語を商号として使用するのを禁止することはできないと解され(例えば、被控訴人の商号中の「洋菓子店」という語のごとき)、一方、「アマンド」という名称の洋菓子、喫茶営業が控訴人および被控訴人のほかにも札幌、福岡、小田原等の各市に存在すること前記のとおりであるけれども、全国に数店舗が散在する程度であり、<証拠>によれば、東京都内には被控訴人経営の十数店舗以外にはアマンドという名称の同種営業は存在しないことが疏明されるから、控訴人主張のように「アマンド」の名称が洋菓子、喫茶営業の商号として慣用されていると認めることはとうていできない。また、「アマンド」が前記のように被控訴人の営業品目たる洋菓子の原材料の一種である果実の普通名称であるとしても、そのことだけで被控訴人の商号専用権が「アマンド」の部分について発生しないと解することはできない。したがつて、被控訴人の商号中の「アマンド」なる語からは商号の排他的権利が生じないとする控訴人の主張は採用できない。
そして、控訴人の商号「アマンド」が被控訴人の商号と類似すること、双方の業種が同一であること、被控訴人の営業の規模やその商号の一般に認識されている地域がさきに認定したとおりであること、双方の営業地域が東京都内とこれに隣接する川崎市というように接近していることから考えて、営業主体の誤認混同を生ずるおそれが存在するものと一応認めることができる。控訴人は不正競争の目的がなかつたとして、商号選択の経緯について主張するところがあるけれども、この点に関する証人Yおよび控訴本人(原審および当審)の供述はにわかに措信できず、<証拠>を対照すれば、控訴人が開店当初使用していた包装紙が被控訴人使用の包装紙と酷似していることが認められることその他証人S(原審および当審)・A・Hの供述を総合すると、控訴人が被控訴人と同種営業を始めるにつき「ニューアマンド」なる商号を採択し、次いでこれを「アマンド」と改めたのは、被控訴人の商号が有名であることを知り、その名声を自己の営業に利用する意図を有していたことを推測することができるから、控訴人に不正競争の目的があつたことについて疏明が存するものということができる。
したがつて、営業主体につき混同誤認の虞れがないこと・不正競争の目的がないことを理由として、商法の前記法条の適用を否定する控訴人の主張の採用できない。
四、前掲控訴人の主張二、について。
本件仮処分決定が、控訴人の商号差止請求権に基づいて、控訴人が「アマンド」という商号を使用することを禁止し(主文第一項)、右禁止を実現する具体的処分として、主文第三項で、右商号を使用したナプキン、レッテル、包装紙に対する控訴人の占有を解き執行吏に保管を命じたものであることが明らかである。そして、右第三項の処分は、商号の使用の禁止を実効あらしめるための通常の処分に属し、なんら必要性の限度を越えるものでないのは勿論、その目的物の特定方法においても欠けるところはない。ただし、第二項において原決定添附目録(1)の看板および(3)のひさしの撤去を命じた部分については、これらの物件に表示された「アマンド」という文字の抹消を命じ、控訴人において任意に抹消しない場合に執行吏をしてこれをなさしめることとすれば足りるのであつて、第二項は右の趣旨にそうように変更するのが相当である。(なお、控訴人店舗の写真であることに争いのない甲第六号証の一ないし四によれば、前記目録(2)の「アマンド」の文字は撤去の可能な箱型文字であることが認められる)。
五、前掲控訴人の主張三、について。
控訴人の右主張事実のうち、被控訴人が、控訴人の商号の登記および店舗改造の事実を知りながら故意に黙過し、特に控訴人の新装開店の時期を見計らつて営業妨害的に商号使用の差止請求をしたとか、控訴人の訪問に対し被控訴会社代表者が故意に面会をさけ、新聞記者を同席させて控訴人をおどしつけたとか、控訴人の法の無智を利用して、商号の使用中止を強要したとか、その他いたずらに他人に損害を加え、自己の利益のみを計ろうとしている旨の主張については、これを疏明するに足る資料はない。また、控訴人が被控訴人のものと類似する包装紙の使用を中止しても、類似の商号の使用によつて誤認混同のおそれがあり、仮処分の必要があることも既に説明したとおである。その余の控訴人主張の事実は、被控訴人の本件商号権の行使または仮処分申請を権利の乱用であるというに足るものではなく、結局控訴人の権利乱用の主張は理由がない。
六、前掲控訴人の主張四、について。
控訴人の類似商号使用のため、被控訴人が、店舗および商品の誤認混同により営業上の利益を害される虞れがあること、さきに説明したところから一応肯認しうるところである。そして、店舗および商品の誤認混同により生ずる営業上の損害とは、個々の取引が誤認混同に基づいて行なわれるため、その営業者の収得すべき右取引上の利益が他人の収得に帰するという、取引上の具体的な損害にとどまるものではなく、その営業者の有する信用すなわち顧客取引先がその営業者に対して抱く評価―その営業者の営業実績、営業態度、資産、支払能力、人的物的設備、商品の品質特色つにいての評価およびこれらの総合として生ずる顧客の印象など―が、他人の営業との誤認混同により不当に変形せられるという、信用上の損害をも含むものであつて、このような営業者の信用は、営業活動全般にわたる不断の管理によつて維持されるものであるが、時として些細な原因により信用の失墜を招く場合もあることは公知の事実である。右のような事情を考慮するときは、被控訴人の損害と控訴人の本件商号使用の行為との具体的な因果関係の立証や損害額の算定・立証が困難であるばかりでなく、営業者の名声という人格権的利益の侵害は金銭的補償によつて満足させることの困難な性質のものということができる。したがつて、本件仮処分を取り消した場合控訴人の類似商号使用が継続されることによつて被控訴人がこうむることあるべき損害は、簡単に金銭的補償によつてほぼ等価値的な満足を得ることができるといえるようなものではない。
一方、本件仮処分の執行によつて控訴人がこうむる損害についていえば、控訴人の売上が仮処分以前と比較して減少することなく、むしろ増加していることは控訴人の自認するところであり、仮処分がなかつたとすれば、さらに増加すべき売上額との差額が年間八億円余に及ぶという点、その他控訴人が異常に高額な損害をこうむるという事実については、なにも疏明がない。控訴人が店頭の表示等につきその商号の使用を禁止されることにより、控訴人の信用を毀損するおそれがあること、ことに<証拠>によれば、控訴人は、昭和一二年いらい現住所地で煙草菓子販売、食堂、遊戯場、喫茶店などを経営し、その間川崎市民生児童委員、川崎市菓子小売商組合連合会々長その他多くの公職に従事した者で、本件仮処分の執行により、控訴人の当該地域、同業界における名声、信用が毀損されるおそれがあることは一応これを認めることができる。このような、信用の毀損は、後日それによる損害の立証に困難が伴ない、また金銭をもつては償い得ない人格権的利益の侵害も含まれるものである点において、前記被控訴人側に生ずべき、営業の誤認混同による損害と同種のものであるといえる。しかしながら、控訴人が本件商号の使用を開始してから、本件仮処分決定により商号の使用を禁止されるまでの期間は、僅か九月に過ぎないから、控訴人の有する営業上の信用と、これを表象するものとしての本件商号との結び付きは、さほど根深いものとは考えられないし、現に本件仮処分の執行後も、控訴人の売上がむしろ増大していること前記のとおりであるから、本件仮処分によつて、控訴人の同業界ないし同地域における信用に著しい悪影響があつたと認めることはできない。控訴人のこうむることあるべき前記のような損害は、商号使用禁止仮処分によつて仮処分債務者の忍受すべき通常の不利益の範囲を出ないものであり、仮処分申請を許容するに足る疏明があつた以上は、やむをえないところである。したがつて、特別事情による仮処分の取消を求める控訴人の主張は採用できない。
以上説明のとおりで、本件仮処分は、その主文第二項を前記のように改めるほか、これを認可すべきであり、これと異なる原判決を右のように変更することとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第九〇条を適用して、主文のとおり判決する。(多田貞治 杉山克彦 楠賢二)